対空戦・TMD

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1980年代の米海軍のPDMS



  始めに
  1980年代の米海軍のPDMSの状況
  USS Blue Ridge 艦令48年! 
  ASMD : 米海軍と海自の違い
     米海軍
     海上自衛隊 ← 現在の頁



 ASMD : 海上自衛隊の場合


その一方で海上自衛隊はどうだったのか?


4個護衛隊群の8艦8機体制 (88艦隊構想) は打ち出したものの、そのワーク・ホースたるDDについては、まずは隻数を揃えるための予算獲得が最優先課題であり、そのためには実際のことはさておき、物事を紙の上でしか判らない事務方である内局の担当役人を納得させるための理屈のこじつけ書類が必要だったのです。

これが 「はつゆき」 型となった訳ですが、当然ながらこの予算獲得のための理屈付けには米海軍のような実戦における脅威評価や戦闘様相に即した ASMD システムの研究・検討がなされた訳ではありません。

「はつゆき」 型の建造に当たって作成された後付けの 『昭和52年度護衛艦 (52DD) の運用要求について』 に盛り込まれた ASMD 能力は、既に決まった艦型、システムならここまでできる、という説明に過ぎず、本来の “DDにはこういう ASMD 能力が必要” というものではありませんでした。


例えば、既に当時多額の開発費を注ぎ込んできた短SAM用射撃指揮装置 FCS-2-12 と砲用の FCS-2-21 を今更止めて、短SAM誘導用の CWI を組み込んだ方位盤 (最近になって FCS-2-31 として実現したような) を2基として短SAMによる2目標同時対処を可能とするなどはとても言い出せないどころか、検討さえされませんでした。

ましてや捜索用レーダーに自動探知・自動追尾機能を付加する RVP (Radar Video Processor、米海軍は当時既に実用化済み) や上述の TAS Mk23 を装備するなどによりどれだけの能力向上が図れるかなどの検討が行われた訳ではありません。

これらは初めから予算獲得のための理由には挙げられなかったのです。


したがって、国産初のシステム艦といわれる 「はつゆき」 型ですが、そのシステムである OYQ-5 などは とても米海軍で言う NTDS (Naval Tactical Data System、艦艇戦術情報システム) やその発展である CDS (Combat Direction System、艦艇戦闘指揮システム) の足下にも及ばない、単にアナログの武器管制装置 (WCS、Weapon Control System) をディジタル化した一種であった に過ぎませんでした。


OYQ-5 のシステム・コンピューターは、米海軍ではサブ・システム (各武器・機器) 用にしか使われない小型の AN/UYK-20 がたった1台、しかもそのメモリーは僅かに64Kの最小限のタイプ。

加えてシステムのコンソール (操作卓) は NTDS 汎用の OJ-194 が全部でたったの4台 (当初案では僅か3台) であるに過ぎず、しかも捜索用レーダーによる目標の探知・追尾データは相変わらずコンソール上での手動入力、米海軍の NTDS では常識の Link-11 機能など初めから除外、というものだったのです。


当然、当時私達はこんな装備やシステムでは役に立たないと猛反対で、少し手を入れただけでももっとマシな性能・能力になるのだから、DDの計画を見直す必要があると声を大にしたのですが ・・・・ 既にお役所たる防衛庁 (当時)、そしてその下請けである海幕の施策として決まって (内局に説明してしまって) おり、残念ながら如何ともしがたいものでした。


これを要するに、「はつゆき」 型DDが建造された当時において、ASMD については米海軍に遅れをとったと言うより、初めから比較対象となる土俵にさえ上がっていなかった のです。







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最終更新 : 23/Feb/2020