サイト・トップ頁へ 「懐かしの艦影」メニューへ




『坂の上の雲』 の思い出 後書き (前)



NHKドラマスペシャル『坂の上の雲』は、元々平成年から年にかけてその年の年末に大河ドラマの枠を使って全13話を3つに分けた第1〜第3部として放映されたものです。




    


    

(初回放送当時の第1〜3部の番宣葉書より)

映像化不可能とまで言われた司馬遼太郎氏の 『坂の上の雲』 を、まさにNHKの総力を挙げて作りあげたもので、司馬氏の原作そのものが壮大な歴史小説なら、このNHKのドラマも実に壮大なドラマになりました。

ご覧いただいてお判りのように、大変優れた映像となっております。 これはもう、民放各局や映画会社ではなしえない、NHKなればこその大作と言えるでしょう。

私もこのドラマが制作に入ったすぐ後の20年3月から第3部放送直前の23年11月まで、3年8ヶ月にわたり海軍関係についてお手伝いをさせていただきました。

が、これを平成年の年末に1話90を45分ずつの2回に分けて全26回として再放送されました。今回の再放送に合わせて、本ドラマに少しでも多くの方々に興味を持っていただき、番組の宣伝になればと、その時の思い出をそれこそ思いつくまま取り留めもなく綴ってきました。 もし少しでもお楽しみいただけ、またドラマ製作について何某か関心を持っていただけるものがあったとすれば嬉しいことです。



今更申し上げるまでもないことですが、このNHKスペシャルドラマ 『坂の上の雲』 は、明治の日本という歴史ドキュメンタリーではなく、あくまでも司馬氏の歴史小説に基づいたものであり、秋山好古、真之兄弟と正岡子規の三人、そしてそれを取り巻く人々の人間ドラマです。

ただし、司馬氏の原作は極めて大作であり、これを90分x13話に纏めるためにはかなりの部分を割愛せざるを得ず、また13話を通して全体を流れる一つのストーリーとする必要もありました。

このため、原作そのままを忠実に映像化することはできませんし、また必ずしも史実どおりとはいかなかった点も多々ありますが、これはある意味致し方なかったかと。 例えば、ドラマ上秋山真之と東郷との出会いを早い時期に設定したりです。

反対にドラマ最後のクライマックスである日本海海戦において、海戦劈頭の敵前大回頭、いわゆる “東郷ターン” とそれに続く丁字戦法の実現については、司馬氏の原作の表現に合わせざるを得ませんでした。





史実は私も日本銃砲史学会の会報誌 『銃砲史研究』 などで著したとおりで、司馬氏の原作が描く海戦の様相とは多少異なっております。




当該会報誌の私の記事については、本家サイトの次のところで全文公開しておりますので、興味のある方はご参照下さい。

http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/arekore/wadai_03.html




しかしながら、司馬氏の執筆当時は、この小説に描かれている海戦の模様が世間一般に広く知られているものであり、また当時利用可能であった史料などの制約からすれば全く問題の無いものであり、本ドラマ制作の趣旨からしても自然な方針の採用と言えるでしょう。

したがって、プロデューサーや監督さん達には史実との違いをご説明し、理解していただいた上での制作となりました。 それを踏まえてご覧いただいても、ドラマでは実にすばらしい日本海海戦シーンとなっていることはご賛同いただけるかと。


( 制作途中のものから。 これからまだまだ手が入ります。)

特に艦砲射撃の場面については、セットなどの多くの制約の中、これだけの見応えのある映像となっていますことは、私としても嬉しい限りです。

この艦砲射撃については、これまでの映画などでは表現されていなかったことについて、プロデューサーや加藤監督にお話して、かなりのところを盛り込んでいただきました。 例えば日本海海戦の場面では、その主要なものは次の点です。


〇 大回頭の後、射撃開始は東郷の指示によるのではなく、「三笠」 艦長が東郷に了承を得るところ

〇 副砲の試射を映像化したこと

〇 艦橋の砲術長から各砲台までの指示・命令やその伝達方法を実際に近くしたこと

〇 12インチ連装砲の打方は左右砲同時の 「斉発」、あるいは前後部の4門による 「斉射」 ではなく、各砲塔ごとの 「交互打方」 を表現したこと


もちろんドラマとしての映像の流れのためや、ロケにおける数多くの制約のため、実際の射撃要領や号令などをそっくり再現することは不可能なことですが、それでもこれまで映像化されたものの中では格段に “それらしく” 実際の雰囲気を伝えるものになったと思っています。

加えて、鎮海湾での内筒砲射撃の訓練状況や、各種シーンでの砲台員の動きなども、かなり実際に近いそれらしいものに表現できたと自負しております。 この射撃関係だけでも、NHKさんが私を呼んでいただき、アドバイスに従って映像化していただいたことに感謝です。



そして申し上げなければならないことは、これだけの長さのドラマにおいて、僅か数秒のカットの映像でも、監督を始めとする演出部はもちろん、美術 (大道具、小道具)、照明、カメラ、衣装・持ち道具、メイク、特効、VFX ・・・・ 等々どれだけ多くのスタッフの人達が関わっているかということです。 これだけの時間と労力を費やして準備した上で、初めて役者さん達の演技が活きてくるのです。

言い方は変ですが、ロケにおいて役者さん達が出てきて演ずるのは、長い長い準備の時間の後の最後の一瞬である、ということです。 ロケ中の役者さん達との話の中で、多くの方々が口にしておられたのは、“準備ができるのを待っているのも役者の仕事ですから” でした (^_^) 私は単なる第三者的なお手伝いですが、端から見ていても本当にそう感じましたね。

・・・・ ですから、ドラマや映画の制作というものは、単なるCM作りのその場でのインタビュー撮影などとは全く異なると言うことです。 例えば、現在の記念艦三笠の現状そのままでは、「三笠」 の現役時代のドラマには使えません。 構造物や装備品などはともかくとして、塗装一つ、細かな艤装品一つを考えていただければお判りいただけると思います。

現在の記念艦三笠の姿ではなく、日露海戦当時の活きた軍艦として “それらしく見せる” ための工夫と膨大な手間暇が必要になるのです。

再度申し上げますが、


“NHKの話を聞くと打ち合わせやリハーサル、本番と長々とあり、しかも何回となく使わせなければならないから断った”


などは、全く何をか言わんやで、良い映像を撮るための当たり前のことに対して、如何に上から目線のお役人的反応であり、これでは “なぜ 「三笠」 の実物が記念艦として残されているのに、この上で撮影しないのか?” という多くの視聴者、即ち一般国民の思いと期待を納得させられるものではないでしょう。

残念ながら、“旧海軍の歴史と伝統の継承” を標榜する海上自衛隊と (財)三笠保存会は、NHKスペシャルドラマ 『坂の上の雲』 においてその存在をアピールするための実に大きな機会を自ら失したと言われても仕方がありません。







トップ頁へ 「懐かしの艦影」メニューへ 前頁へ 頁トップへ 次頁へ

 最終更新 : 02/Jul/2017