加賀・元気劇場 「三笠」 オープン・セット |
NHK 『坂の上の雲』 もいよいよ最後のクライマックス、日本海海戦となります。 そこでその前に、「三笠」 の艦上シーンのロケを行った加賀・日本元気劇場さんの三笠オープンセットについて少しご紹介しておきたいと思います。
ただし、私自身はこのセットそのものには製作はもちろんNHK 『坂の上の雲』 での使用の経緯なども全く関与しておりませんで、以下のお話しは全てNHKさんのドラマ制作のお手伝い中に見聞きしたものです。
したがいまして、あくまでもその範囲内での、私個人の独断と偏見、ということで m(_ _)m
申し上げるまでもなく、日本海海戦のドラマを作るに当たっては 「三笠」 艦上のシーンが出てこなくては一体何の物語? となってしまいます。 そして横須賀に当の 「三笠」 そのものが記念艦として残されておりますので、NHKさんは当然のことながら本ドラマの制作に当たってこの艦上でのロケを考えておりました。
もちろん、現在の 「記念艦三笠」 は皆さんご承知のとおりの経緯によって、日本海海戦当時とはかなり異なった姿となっております。 したがって、ロケに当たっては当時の姿らしく少し各部に手を入れた形とし、かつ戦闘シーンを始めとする撮影用の様々な細工をせざるを得ないことは明らかです。
しかしながら ・・・・ 本ドラマ制作当時には、記念艦三笠を所有する防衛省・海上自衛隊も、そしてその管理を委託されている 「(財)三笠保存会」 も全く “全面協力” とはほど遠い姿勢でして、とても十分なロケができるような状況にはありませんでした。
防衛省・海上自衛隊や三笠保存会側の主張する理由の大きなものは次の2つであったと聞いています。
1.一般公開を前提とし、かつ保存会の行事などを優先させるため、如何にNHKのドラマの撮影とはいえ、特定の団体・組織に長期間専有させるような便宜供与はできない。
2.あくまでも現状のままでの撮影しか認めない。
私に言わせれば全く “何をか言わんや” です。 「三笠」 が現在の記念艦たる所以としてのことがメインとなる歴史ドラマを制作しようとしているにもかかわらず、この有り様です。
長い目で見れば、記念艦三笠としてその本来の保存価値のために、どれだけ多大かつ効果的なアピールとなったのかは火を見るよりも明らかですが、自らそれを拒否してしまったのです。
あまりにも短絡的、近視眼的なその思考に、苦笑を通り越して唖然としてしまいました。
( 伝え聞くところによれば、三笠保存会では 「NHK 『坂の上の雲』 のブームで当時年間の来観者数が大幅に増えたけれども、嬉しいことにそれが未だに続いていて、云々」 などと恥ずかしくもなく言っているとのことで ・・・・ )
・・・・ と言うことで、NHKさんではロケをどうしようかと悩んでいたところへ (それもとっくに本ドラマの撮影に入った段階になっても、です)、文字通り “渡りに船” の話しが飛び込んできました。 それがこの加賀・日本元気劇場さんの三笠オープンセットである 『戦艦三笠ミュージアム』 です。
記念艦三笠の話を伝え聞いた元気劇場さんが、アトラクションの一つとして 「三笠」 のレプリカを敷地内に作り、それをNHKのロケのために提供しましょう、と申し出てくれたのです。
このことが出てきたのは私が本ドラマ制作のお手伝いを始めたあとになってからのことですから、その後は実にトントン拍子に、というよりあれよあれよという間に話が進んだことになります。
NHKさんとしても大喜び、そして元気劇場さんとしてもNHKのロケに使われればそれが大きな呼び物になる、ということで両者万々歳だったわけです。
( 当時のパンフレットから )
この加賀・日本元気劇場そのものは、小松空港から南西に10km程のところ、以前 「加賀百万石時代村」 があった跡地に、企業再建の達人と言われる橋本ひろし氏の手によって作られたものです。
( 元画像 : Google Earth より )
そして三笠オープンセットはその広い駐車場のスペースを利用して作られました。
( 元画像 : Google Earth より )
ただし、当初の予定では艦首から後部艦橋までありましたが、この後部艦橋を作ると後ろの丘陵まで近くなり過ぎ、撮影のためのブルーバックの設置や重機の操作などの余裕を確保することが困難となります。 もちろん経費の関係もあったのでしょうが (^_^;
このため残念ながらこの後部艦橋が無くなってしまいましたが ・・・・ これによって元々カメラ・アングルに大きな制約があったものが更に影響を受けることに。
そもそもが撮影の主となる右舷側から見たセットの背景には丘陵の林がすぐ近くまで迫っており、このためセットのすぐ裏側に巨大なブルーのスクリーンを設置する必要がありましたが、後部艦橋が無くなったために、これをカバーするよう更に大きなものとする必要が出てきました。
そして更に別の大きな問題がありました。
この三笠オープンセットの話しが出た時に、NHKさんはまだ艦上シーンのロケは記念艦三笠とこのセットとで半々くらいに考えておられたようです。 と言いますのも、NHKさんは本ドラマの撮影に当たっての実際・実物の “質感” というのを非常に大切にしています。 一つの “こだわり” と言ってもよいでしょう。
海面や船の航跡などは極力実際の映像を使用するなどの努力をしており、戦艦 「三笠」 もその鉄の重厚さなどは、やはり急造のペラペラのロケセットではどうしても満足に出せないからです。
このため、記念艦三笠と元気劇場さんの三笠オープンセットの両方で撮影されたものを編集段階で繋ぎ合わせていく都合もあって、この三笠セットは記念艦三笠をそのままコピーした同じ形となるように作られました。
もちろんセットの製作を請け負った 「JAプランニング」 さん (確か記憶では) にしても、日本海海戦当時の細部の考証の手間暇が省けますし、元気劇場さんにしても費用節約に繋がるわけで ・・・・ (^_^;
例えば、地面上の船体は記念艦三笠と同じ高さですので、実際の喫水線より随分と上 (=乾舷が足りない) になっております。 (私などからすると、何もそこまで真似しなくても、と思いますが)
その他、3インチ砲の装備形態を始め、艤装上のことなど数多くのところが日本海海戦当時の実際の 「三笠」 とはかなり異なったものになっております。 まあ “全て現在の記念艦三笠と同じ” という意味では確かにその “忠実な復元” ではありますが (^_^;
このため、撮影後の段階になってVFXチームさん達は大変な苦労をすることになりました。 このことを考えても、このNHK 『坂の上の雲』 ではVFXチームさんは大変に良い仕事をされていると思います。 それは画面のご覧になる皆さんご納得のいかれるところかと。
結局のところ、記念艦三笠での艦上ロケはそのあまりにも制約の多さ故に、遂にNHKさんも諦めざるを得なくなり、全てこの加賀・日本元気劇場さんの三笠オープンセットで行うことになりました。
後から思えば、もう少し早い段階でこれを決心していれば、この三笠オープンセットは記念艦三笠の姿に囚われずに、当時の実艦に近い姿として設計・製造とすることも可能だったのでは、と少々残念ではあります。
そして何と言っても陸上に “建築” するものですから、建築基準法などの陸上の建物に適用される法律を充たさなければなりませんので、これの制約も加わりました。
加えて、作られた船体はドンガラの表面だけで、艦内に通じる部分や上甲板上の諸室などは全く再現されていません。 例えば、副砲や3インチ砲などでは下の艦内から揚弾薬装置で弾火薬が上がってくるようになっているのですが、これがありませんので戦闘場面では砲員の動作なども誤魔化してなんとか撮るしかありません。
しかもその船体にしても外観が再現されたのは右舷だけで、左舷側はほとんどありません。 したがって、撮影は正面〜右舷正横までに限られてしまいます。
こうして出来上がったのが、三笠ロケセットです。 ご参考までに、建造ならぬ “建築” 途中の写真をいくつか。
そしてロケが始まってからもう一つの問題が。 それはロケ以外に元気劇場さんのアトラクションの一つとして使うために、戦闘シーンでの被弾時の爆破シーンなどが思うように演出出来ないことでした。 要するに、撮影が終わったら直ちに通常の営業に使えるように使わなければなりません。
これもロケに入ったあとのことで、最初の話しとはちょっと違ってきてしまいして、このため被弾するカットの撮影では、予め美術さんが一つ一つそれらの個所を別に用意した穴の開いたパネルに交換しておいたり、木甲板などは先に被弾した状態に木片を置いておくなど ・・・・
こうなると、あとはカメラさんと特効 (特殊効果) さん頼みです (^_^;
この様な多くの制約・制限がありましたが、放映された番組をご覧になってお判りいただけるように、第3部監督の木村隆文氏や加藤拓氏を始めとする演出部の皆さん始め、カメラさん、各種の装飾に当たる美術さん、照明さん、特効さんなどの、そしてVFXチームの皆さんの努力によって、すばらしい 「三笠」 の映像になっております。
流石はNHKさんが総力を挙げたドラマというだけのことはあると思います。 そして日露海戦ものの映像としては、今後永くレファレンスとなることでしょう。
残念なことに、日本元気劇場さんは平成25年1月に “一時休園” となり、現在も再開などの目途は立っていないようです。 このため三笠オープンセットもそのまま放置状態になっているようです。
もっともこのセット、当初からNHKのロケが終わったあとは2年間程度アトラクションとして使えれば、と見込んでいたようですので、その意味では元が取れたのかも ・・・・?
( 元画像 : Google Earth より )
最終更新 : 02/Jul/2017