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南樺太の旧陸海軍航空基地




南樺太所在旧陸海軍航空基地
黄色 は旧海軍の陸上機、緑色 は水上機基地、白色 は旧陸軍の飛行場を示します。
( 元画像 : Google Earth より )
気屯 初間 塔路 内路 小能登呂 落合 大澤 敷香 大泊

( ↑ 各航空基地の基地名にカーソルを当てると関連する図・写真のデータ・ウィンドがポップアップします )

( 旧海軍の各航空基地の詳細については下のリンク ↓ から当該ページへジャンプします )



北緯50度以南の南樺太所在の旧陸海軍の航空基地は次のとおりです。



 旧海軍


旧海軍の航空基地は次の2個所とされています。


  敷 香 戦前に北方防衛の前進作戦基地として計画され、樺太の上敷香に建設された大型機用の航空基地ですが、整備が完了したのは昭和18年頃です。
  大 泊 戦時中に大泊(コルサコフ、Korsakov)市街から東3kmに建設された小型機用の航空基地


 旧陸軍


旧陸軍の航空基地は次の7個所とされています。


  気 屯 北緯50度の国境線に最も近い航空基地です。 戦後は旧ソ連軍によってスミルニフ(Smirnykh)基地として拡張されましたが、現在では既に放棄されているようです。
  初 間 以前からあった小型機用の滑走路を戦時中に旧陸軍が拡張して使用した航空基地ですが、詳細については不明です。 戦後は旧ソ連軍によってマトロソヴォ(Matrosovo)基地として元の滑走路脇に新たな滑走路が作られるなどの拡張がなされましたが、現在では既に放棄されているようです。
  内 路 大戦中に整備された小型機用の航空基地ですが、建設の経緯なども含めて詳細は不明です。 戦後は旧ソ連軍により3本目の滑走路の追加など改修・改良してガステロ(Gastello)航空基地として使用されましたが、現在では放棄されて久しいようです。
  塔 路 大戦中に整備された小型機用の航空基地ですが、建設の経緯なども含めて詳細は不明です。 戦後は旧ソ連軍により改修・改良してシャフチョルスク(Shakhtersk)航空基地として使用され、また現在も飛行場として機能しているようですが軍用としては使われていないように思われます。
  落 合 戦前に整備された樺太における旧陸軍の中心的な航空基地ですが、その経緯や戦前・戦中の運用状況などの詳細は不明です。 戦後は旧ソ連軍により滑走路の新設など大改修・改良し、ドリンスク・ソコール(Dolinsk-Socol)航空基地として樺太における代表的な一つとなりました。 現在でも小型機や輸送機などの基地として機能しているようです。 
  小能登呂 大戦中に整備された小型機用の航空基地ですが、建設の経緯なども含めて詳細は不明です。 戦後は旧ソ連軍により改修・改良がなされてコストロムスコエ(Kestromskoye)航空基地として使用されましたが、現在では放棄されて久しく、僅かに滑走路跡の形が判別できる程度となっています。
  大 澤 元々は民間の豊原飛行場であったものを、昭和18年に陸軍が接収して航空基地として改修し20年に完成したとされています。 戦後は旧ソ連軍により改修・改良がなされて軍民共用のユージノ・サハリンスク南(Yuzhno-Sakhalinsk South)航空基地となりました。 現在でも樺太の表玄関の空港として使用されています。


その他、大泊航空基地の西南西20マイル(32km)のアニワ湾対岸にあった池月飛行場は、旧陸軍によって大戦中に建設が始められたものの終戦時にはまだ未完成であり、戦後の1947~48年頃に旧ソ連海軍によって小型機用のポティンキ(Potinki)航空基地として完成したものと考えられますが、日本側には史料が無く詳細不明のため本リストには入れておりません。

なお、いずれも基地そのものに関する史料に乏しく、僅かに知られているのは旧ソ連占領後になっての米軍史料であり、このため旧陸海軍時代の正確な状況・状態については残念ながら不詳です。







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最終更新 : 29/Jul/2018