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北黎航空基地



北黎航空基地は太平洋戦争中の昭和18年に建設が始まりましたが、昭和20年には未完成のうちに中止となり廃棄されました。 その状況については、終戦時の旧海軍文書で次のように記されています。


航空基地として昭和18年10月7日起工、未完成の儘作戦上昭和20年1月中旬以降7月下旬の間に滑走路、格納庫、指揮所、兵舎 (3棟)、病舎等の諸施設を破壊せし為、航空基地としての機能を喪失せり。


このため、航空基地としてどのようなものであったのかの詳細は判りません。 また、終戦後は米空軍の要求により特殊小型機用滑走路 (幅20m、長さ1000m) が整備されたとされていますが、これもどの様なものであったのかは全く不明です。

北黎航空基地があったのは、現在の東方市北黎村から同八所村にかけての場所と推定されますが、その正確な位置は日本側の史料では不詳です。 ただし、米軍の史料では写真データとあわせて当該位置とされており、ここでまず間違いないものと考えられます。

現在では当該地域全体はほとんどが農地及び宅地などになっており、衛星写真でも航空基地跡を窺わせるものは全く見当たりません。



    
     現在の衛星写真から、周辺航空基地との関係。 黄色文字は陸上機、緑色は水上機、赤色は両用です。
( 元画像 : Google Earth より ) 

  
1954年の米軍地図から北黎航空基地跡の推定位置付近    現在の衛星写真から基地跡推定位置付近
( Google Earth より ) 
 
1944年の米軍史料より基地周辺写真   基地跡推定位置付近の状況地図
(周辺広域地図表示)
   
1945年の米軍史料より基地全体写真    
   
終戦時の旧海軍史料にある基地管理地区配置図 (図の上が東北東になります)    



(写真収集中)    
     






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最終更新 : 07/May/2018