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黄流航空基地



黄流航空基地は海南島攻略以降に建設されましたが、その経緯などはよく判りません。 ハッキリしているのは、昭和18年になってから練習航空隊である黄流航空隊が置かれましたので、それまでにはある程度の飛行場として出来上がっていたものと考えられます。


黄流航空隊について、その状況の概略は次のとおりです。  

昭和18年 4月 1日
    同
    同
昭和19年 5月 1日
黄流航空隊開隊
第14聯合航空隊に編入
練習航空隊に指定され、陸上練習機操縦課程を担当
解隊

黄流航空隊の解隊後は、海南警備府の管理下におかれて基地機能は維持され、三亜航空基地に配備された海南警備府隷下の第二五四航空隊 (原駐基地 : 大村) が必要に応じて使用したようですが、その詳細は判りません。

終戦後は飛行場として使われたのかどうかも不明で、1954年版の米軍地図では飛行場として記されていますが、その後の地図には出てきません。 現在では滑走路跡は断片的に残っていますが、敷地跡のほとんどは農耕地となっています。


    
     現在の衛星写真から、周辺航空基地との関係。 黄色文字は陸上機、緑色は水上機、赤色は両用です。
(元画像 : Google Earth より) 
  
1954年の米軍地図から黄流航空基地の位置関係    現在の衛星写真から
(元画像: Google Earth より) 
 
1984年版の米軍地図から。 既に飛行場として記されておりません。   現在の基地跡周辺の状況地図
(周辺広域地図表示)
 
終戦時の旧海軍史料にある基地配置図 (図の上が東南東になります)   現在の衛星写真による黄流航空基地跡 (Google Earth より)



(写真収集中)    
     






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最終更新 : 08/Oct/2012