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指宿航空基地



指宿航空基地は、水上機基地として本格的に整備されたのは開戦後とされていますが、この地は戦前から既に仮設臨時基地として頻繁に利用しています。  

正式な設置時期及び施設などがどの程度のものであったのかなどの詳しいことは不明ですが、終戦までには大艇用及び小型水上機用の格納庫、エプロン及び滑りなどが完備しており、相応の実用機基地として相応のものであったと考えられます。

昭和18年10月に宿毛航空隊 (水偵) が佐伯基地から移駐、翌19年1月には第四五三航空隊と改称して本基地が原駐基地となりました。 その宿毛航空隊の状況の概要は次のとおりです。

昭和18年10月
昭和19年 1月 1日
    同
昭和19年 2月20日
昭和19年12月15日
宿毛航空隊 (原駐基地 : 宿毛) が佐伯基地より移駐
第四五三航空隊と改称、本基地を原駐基地に指定
佐世保鎮守府所属となる
海上護衛総隊所属となる
第九五一航空隊 (本部 : 佐世保) に統合される

また、昭和17年12月に特設航空隊の第九五八航空隊 (水偵) が本基地を原駐基地としてラバウルで開隊、編成されましたが、一度も本基地に戻ることはありませんでした。

なお、本基地が水上機特攻の前進発進基地としても使わたことはよく知られているとおりです。

終戦後は早くから公共施設として整備され、現在ではキャンプ場、休暇村や運動公園などが集まる地区となっております。


 
終戦時の旧海軍史料にある施設部支所の配置図です。
(上が北西方向)
  現在の衛星写真から、周辺航空基地との関係。 黄色文字は陸上機、緑色は水上機です。
(元画像 : Google Earth より) 
 
基地跡に立てられていた案内看板より作成。   現在の状況地図。 一帯は公共施設地区となっています。
      (周辺広域地図表示)
   
1945年3月米軍撮影の空襲後の指宿基地主要部。    
 
1948年の米軍写真より。 大艇地区はまだ終戦時からほとんど手が付いていないように見えます。   衛星写真による現在の状況。 滑りなども残されておりませんが、敷地の輪郭はよく判ります。
(元画像 : Google Earth より)



 
戦時中 (時期不詳) の空中写真より大艇地区。 写真中央付近に大艇3機が駐機しているのが見えます。   1945年米軍撮影の空襲下の指宿航空基地。 






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最終更新 : 11/Oct/2016