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元山航空基地 |
元山航空基地は、昭和15年に北朝鮮の威鏡南道元山府 (現在の江原道元山市) に元山航空隊が置かれたことに始まります。 ただし、飛行場そのものはそれ以前から既にあったようですが、その詳細は不明です。 その元山航空隊の状況の概略は次のとおりです。
昭和15年11月15日 同 昭和16年 1月15日 昭和16年 3月26日 昭和16年 9月 2日 昭和16年10月24日 昭和17年 4月20日 昭和17年 7月 5日 昭和17年 9月20日 昭和17年11月 1日 昭和17年12月19日 昭和19年 7月10日 |
元山航空隊開隊、第十五航空隊の飛行隊をもって編成 第二連合航空隊に編入 第二十二航空戦隊に編入 中支に進出し作戦に従事 原駐基地に復帰 仏印に進出し、作戦に従事 陸攻隊ラバウルに進出 陸攻隊は木更津、戦闘機隊は鹿児島に移動 戦闘機隊を分離 (二五二空となる) 第七五五航空隊と改称 ルオットに進出、以後テニアン、グァムに進出 解隊 |
また、昭和19年になって練習航空隊たる元山航空隊 (第2代) が開隊されましたが、その状況の概略は次のとおりです。
昭和19年 3月15日 昭和19年 8月15日 同 同 昭和20年 5月 5日 昭和20年 8月 3日 |
大村航空隊元山分遣隊を置く 同上をもって元山航空隊開隊 第十二連合航空隊に編入 練習航空隊に指定され、艦戦実用機教程を担当 第十航空艦隊直属となる 第十五連合航空隊 (第十航空艦隊) に編入 |
1961年版の米軍地図より、元山航空基地の位置。 | 現在の衛星写真から、周辺航空基地との関係。 黄色文字は陸上機、緑色は水上機です。 ( 元画像 : Google Earth より ) |
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1983年版の旧ソ連軍地図より。 | 現在の状況地図。 滑走路配置だけは表示されています。 (周辺広域地図表示) |
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1944年の米軍史料より。 | 衛星写真による現在の状況。 元の滑走路跡のうち2本が判ります。 ( Google Earth より ) |
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1945年の米軍史料より。 | ||
1945年版の米軍地図では、元山航空基地は画かれておりません。 | ||
1944年の米軍史料より。 基地のレイアウトが判ります。 | ||
海自の古い部内史料にあるラフなレイアウト図。 (上が西方向) |
本部庁舎 (撮影時期不詳) | ||
格納庫前エプロンに並ぶ零戦 (撮影時期不詳) | ||
同じくエプロンに並ぶ紫電 (撮影時期不詳) |
最終更新 : 05/Aug/2018