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松輪航空基地



松輪航空基地は、戦前に日本の北方防衛のために前進作戦基地として千島列島松輪島に置かれました。 開設の時期や経緯などの詳細は不明ですが、昭和9年に天寧及び幌筵と共に設置計画が決められ、昭和12年度と翌13年度に基地整備予算が成立して、昭和13年度末までに完成するごとく進められたようです。

しかしながら、昭和16年8月の段階では航空基地として一応の概成はしているものの諸施設はまだ完備していなかったとされ、また第5次軍備充実計画の改定(通称、改⑤計画)では昭和18年度末を目標に作戦基地として完成する如く進められたとされています。

本基地が本格的に使用され始めたのはアリューシャン作戦のためで、その後引き続き北方作戦に使用され、幌筵及び占守方面へ中継基地及び第五十一航空隊の松輪派遣隊による周辺海域の哨戒などの作戦基地となりました。

終戦後は旧ソ連に占領され暫くは使用されたと考えられますが、その後時期は不明ながら現在その跡にみられるように滑走路が短い1本となるなど航空基地としての規模は大幅に縮小され、その後放棄されたようです。


 
1984年の米国防地図局のTPCから。 赤丸が松輪島。 幌筵島南端の旧第一幌筵基地まで145マイル(270km)の途中の島には飛行場はありません。   現在の衛星写真から、幌筵島以南の航空基地との関係。 黄色文字は固定翼、緑色は水上機用です。
(元画像 : Google Earth より)
 
1951年の米軍史料より、1945年段階での基地配置図   衛星写真から松輪島全体。
( Google Eath より )
 
ちょっとモアレがきついのが残念ですが、1951年の米軍史料より1945年米軍の基地全体写真   衛星写真から基地全体。 元々のV字型2本の滑走路のうち、1本は完全に撤去され、残る1本も短縮された状況が分かります。
( Google Eath より )
 
1954年の米軍地図ではまだ航空基地としての表記がされています。   1984年の国防地図局のTPCでは航空基地の記載はありません。



(写真収集中)    
     






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最終更新 : 01/Jul/2018