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目次集 : ご来訪30万名達成記念企画

本文 : サイト開設8周年及びご来訪35万名達成記念企画



『海軍電気技術史』 (昭和22年)




ここで公開しますのは、元々は終戦直後に旧海軍の電気部門の技術士官が名和武技術中将の下に集まり、旧海軍における電気技術に関する全貌を後世に残すべく編纂し、昭和22年に全5章として纏め上げたものです。 (注)

本史料の概要については、既に 『桜と錨の気ままなブログ』 において 「史料資料紹介」 の一つとしてご紹介しておりますので、そちらをご参照下さい。


『海軍電気技術史』 −(前)
『海軍電気技術史』 −(後)

私の手元にありますのは、昭和44年になって防衛庁 (当時) 技術研究本部においてその第2章〜第5章を6部に分けてタイプ起こしをし、簡易印刷・製本の上で部内関係部署に配布したもの (以下 「技本版」 と言います) の1セットです。 この技本版でも900頁を越える大作です。

上の画像でお判りのように、某所において他の廃棄文書などと共に紐で括られて倉庫の床に積まれておりまして、漏水なのかかつて水に浸かったために変色し、かつ紙がよれよれの状態になっていました。 これを焼却処分寸前に見つけて、研究用に貰い受けたものです。

いつも申し上げておりますが、防衛庁・海上自衛隊と言うところは、目先の仕事に関係のない資料・史料についてはほとんど関心がありません。 この技本版も今となっては一体どこにどれだけ残されているものか。

その一方で、本史料は以前から研究者の間では広く知られたものであり、文献や出版物などでもその一部が引用されたり紹介されたりしてきておりますが、いまだにその全文が明らかにされたことはありません。

そして残念ながらこれの著作権の所在が明確ではありません。 経緯にありますように、元々が明確な組織によって作られたものではありませんし、また著者・編者として名前が挙げられている方々の中にはいまだご存命の方もおられますが、実際どの部分をどなたが担当されたものなのか、どなたがどの様に校正の手を入れられたのかなどもはっきりしません。

しかしながら、本史料がこのまま日の目を見ずに失われていくことは、決してこの史料の著作・編纂に携われた旧海軍技術士官の方々の本意ではないと考えております。 それは第2部冒頭にある名和中将の編纂回顧言からも明らかです。

したがいまして、管理人の責任において、 ご来訪30万名達成記念企画として取り敢えず技本版全6部の目次の全てを1つのPDFファイルにして公開 し、 サイト開設8周年及びご来訪35万名達成記念企画として、第2部から順次全文を各部ごと1つのPDFファイルにして公開 することにいたしました。 この方面に関心のある研究者の方々のご声援とご支援をいただければ幸いです。

ただし、残念ながらこういうご時世ですので、本史料の一人歩きを防止するために各頁上下に本サイトのロゴを入れるとともに、印刷及び加工は出来ない設定として、ネット公開の責任の所在を明らかとしておりますことをご了承ください。 勿論、公開いたしますファイルは、このままの形でしたら再配布などはご自由になされて結構です。




『海軍電気技術史』 全目次集
(490Kバイト)



『海軍電気技術史』 第2部   『海軍電気技術史』 第3部   『海軍電気技術史』 第4部
     
(6.9Mバイト)   (7.6Mバイト)   (4.7Mバイト)


『海軍電気技術史』 第5部   『海軍電気技術史』 第6部 NEW !   『海軍電気技術史』 第7部
       
(9.5Mバイト)    (9.6Mバイト)   (3.1Mバイト)



(注) : 本史料の第1章については、その原稿の所在が不明のままでしたが、1999年になってその草稿とされるものの一部が見つかったとされています。

明治大学の研究者による次の論文で紹介されています。 

『海軍電気技術史』幻の第一章・部分草稿の発掘と復刻

何れにしても残念ながら部分草稿であり、名和中将保管とされた原稿全文は見つかっていないようです。 何とか早く出てきて欲しいものです。

なお、「(財)史料調査会」 のHP では、同会の主要な著作・出版物として 「海軍電気技術史 (全7巻) 」 が挙げられておりますが、名和中将の経緯説明文にもありますように、本サイトでご紹介するものの元々の編纂は同会の手になるものではありませんので、同会が挙げているものがどの様なものなのであるのかは判りません。 ご存じの方があればご教示をお願いします。 (なお、同サイトは平成26年1月4日現在既に閉鎖されてしまっております。)



(平成26年1月5日追記) : 本史料の第1章については昨年本技術史編纂に携わったお一人である深田正雄氏に改めてお話しをお伺いしたところ、第2章以下が完成した段階で、第1章はまだ起草されてもいない状況であり、草稿なども含め全てが名和中将預かりとなりそのままとなったとのことでした。 おそらく名和中将としてこのままでは意図するものが出来上がらないと考えられたためであろうとのことです。

また深田氏ご自身としても、現存する部分草稿とされるものは、内容的にも形式的にも本来の第1章として不自然な出来のものであり、とても草稿と考えられるものではなく、単に担当者達のメモ、あるいは草稿のための準備資料に過ぎなかったのではとのことでした。

管理人としても全く同意できることろであり、結局のところ本技術史の第1章については原稿はもちろん草稿さえも出来上がらなかったと判断され、また本来意図されたものも現存する部分草稿とされるものとは全く異なった内容・形式であったであろうと考えられます。







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 最終更新 : 07/Sep/2014