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詫間航空基地



詫間航空基地は、昭和18年に水上機の練習航空隊としての詫間航空隊が置かれたことに始まります。 その詫間航空隊の状況の概略は次のとおりです。  

昭和18年 6月 1日
    同
    同
昭和19年 3月15日
昭和19年 4月 1日
昭和19年 8月15日
昭和20年 3月 1日
昭和20年 4月25日
    同
詫間航空隊開隊
第十二連合航空隊に編入
練習航空隊に指定され、水上機実用機教程を担当
福山分遣隊、西条分遣隊を置く
天草分遣隊を置く
天草分遣隊を博多航空隊に移管
福山分遣隊は福山航空隊に、西条分遣隊は西条航空隊となる
練習航空隊の指定を解く
第五航空艦隊に編入

なお、本基地は詫間航空隊の原駐基地となっておりますが、大戦終盤には空襲を避けるために実戦部隊の水偵及び大艇などがここに進駐し、作戦基地として使用しました。 現在では詫間航空基地の名はこちらの作戦基地としての方がよく知られているところです。

終戦後は民間に払い下げられ、エプロン・格納庫地区は現在の神島化学工業 (株) 詫間工場となり、また庁舎地区は国立詫間電波高等専門学校 (現在の香川高等専門学校詫間キャンパス) となっています。


  
終戦時の旧海軍史料から詫間航空基地の位置図。    現在の衛星写真から、周辺航空基地との関係。 黄色文字は陸上機、緑色は水上機、赤色は両用です。
(元画像 : Google Earth より) 
 
古い海自部内資料より基地のラフ・スケッチです。   現在の状況地図。 敷地周辺は今でもほとんど変わっておりません。
      (周辺広域地図表示)
 
終戦時の旧海軍史料より基地施設のレイアウト図。 (上が南西方向)   国土地理院の2万5千分の1地図から当該部分。
 
1948年の米軍写真より。 終戦直前の空襲により多くの建物が焼失しておりますが、航空基地全体のレイアウトがよく判ります。   衛星写真による現在の状況。 滑りはそのまま残っているようですが、敷地の輪郭がよく判る以外当時の施設などは何もありません。
(元画像 : Google Earth より)



 
正門付近 (撮影時期不詳)   本部庁舎 (撮影時期不詳)
エプロン脇の戦闘指揮所 (撮影時期不詳) エプロンに並ぶ九三式水中練 (撮影時期不詳)
エプロンにて (撮影時期不詳) エプロンにおける第13期特修学生卒業記念 (昭和19年7月)
エプロンにて翼を休める九七式大艇 (撮影時期不詳)
( 回想録 『大空への追想』 より )
昭和20年2月23日梓隊編成式
( 回想録 『大空への追想』 より )
昭和20年3月18日出撃のため鹿屋に進出する梓隊を見送る基地隊員
( 回想録 『大空への追想』 より )






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最終更新 : 03/Aug/2015