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土浦航空基地



土浦航空基地は、元々は霞ヶ浦航空隊の水上機班の施設として茨城県稲敷郡阿見町に置かれた霞ヶ浦航空基地の一部でした。 昭和15年、水上機教育が鹿島航空基地に移転したことにより、ここに予科練の教育を担当する土浦航空隊が置かれ、同隊を管理部隊とする土浦航空基地となりました。 その後基地の拡張が行われ、終戦に至っています。 その状況の概略は次のとおりです。  

大正10年11月 1日
大正11年11月 1日
昭和13年12月15日
昭和15年11月15日
    同
    同
昭和18年 4月 1日
昭和20年 3月 1日
海軍臨時航空術講習部水上機班として開設
霞ヶ浦航空隊水上機班となる
水上機班は鹿島航空基地へ移転、鹿島航空隊となる
土浦航空隊開隊
第十一連合航空隊に編入
練習航空隊に指定され、予科練教育を担当
第十九連合航空隊に編入 (予科練教育統合)
第二十連合航空隊に編入 (横須賀鎮守府麾下練習統合)

終戦後は米軍に接収されましたが、敷地の北側約半分は引揚者に開放され宅地や農地などになりました。 南側は昭和21年には日本体育専門学校 (現日本体育大学) となり、そして昭和27年には立川から保安庁 (当時) 武器学校がこの地に移転し現在に至っています。 このため、結構当時の建物が長い間残されてきているようで、航空隊本部庁舎は現在に至るも陸自武器学校本部庁舎として使われています。


    
     現在の衛星写真から、周辺航空基地との関係。 黄色文字は固定翼、緑色は水上機です。 (元画像: Google Earth より) 
 
昭和7年霞ヶ浦航空隊水上機隊時代の区域図。 土浦航空隊時代からするとまだ小規模で、現在の陸自武器学校敷地の東側 (湖側) 約1/3でした。 (上が西方向)   現在の状況地図。 現在の陸自武器学校が元の敷地の南側約半分になります。
      (周辺広域地図表示)
 
終戦時の旧海軍史料にある基地施設図です。 予科練教育の実施に伴い、上の昭和7年と比べると大幅に拡大されています。 (上が東方向)   国土地理院の2万5千分の1地図から当該部分。
 
昭和22年の米軍航空写真。 まだほぼ終戦直後の状態を保っています。   現在の衛星写真による当該地区の状況。 陸自武器学校が多くの建物をそのまま使っていましたが、それでも現在では多くのものが立替られてきています。
(出典: Google Earth )



 
庁舎 (撮影年不詳)   正門付近 (撮影年不詳)






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 最終更新 : 16/Jul/2012