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佐伯航空基地



佐伯航空基地は、昭和9年に呉鎮守府所属の佐伯航空隊が置かれたことに始まります。 陸上機及び水偵による瀬戸内海及び豊後水道〜四国沖海面の守りの実用機基地としての位置付けでした。 その状況の概略は次のとおりです。  

昭和 9年 2月15日
    同
昭和18年12月 1日
昭和20年 7月20日
佐伯航空隊開隊
呉鎮守府所属となる
呉防備戦隊所属となる
第八特攻戦隊に編入される

開戦後には、特設航空隊である第331航空隊 (艦戦)、第931航空隊 (艦攻) 及び第933航空隊 (水偵) がここを原駐基地として開隊しました。 同隊の状況の概略は次のとおりです。

第三三一航空隊 (艦戦、艦攻)
 
 
  
昭和18年 8月 5日
    同
昭和18年 8月27日
昭和20年 5月15日
  開隊、佐伯航空基地で編成
南西方面艦隊所属となる
シンガポールに進出、以後南西方面作戦に従事
解隊

第九三一航空隊 (水偵)
 
 
 
 
 
昭和19年 2月 1日
    同
    同
昭和20年 1月 1日
昭和20年 4月20日
昭和20年 8月 3日
  開隊、佐伯航空基地で編成
海上護衛総隊所属となる
硫黄島、石垣島、沖縄 (小禄) 等に分派
第一護衛艦隊 (海上護衛隊) に編入
第五航空艦隊所属となる
第三十二航空戦隊 (第五航空艦隊) に編入

第九三三航空隊 (水偵)
 
 
  
昭和19年 9月 1日
    同
昭和19年12月 8日
昭和20年 1月 1日
  開隊、佐伯航空基地で編成
第三十一航空戦隊に編入
カナカオに進出
第九三六航空隊に統合される

なお、終戦時には佐伯航空隊の零式水上偵察機一一型 x 11機、九四式水上偵察機一二型 x 2機、九三式陸上中間練習機 x 33機、九〇式陸上機上作業練習機 x 1機があったとされますが、これがここにあった全てなのか、その他の部隊の残存機があったのかなどについては不明です。

終戦後は、飛行場地区は民間に払い下げられて (株) 興人佐伯工場のパルプ工場などの工場地区となり、掩体地区はほとんどが農地となりました。

本部地区及び水上機隊地区は 「海上自衛隊佐伯基地分遣隊」 となり、元の航空隊本部庁舎は現在もそのまま佐基分の庁舎として使用されています。 また水上機隊地区のスベリは佐基分の舟艇用として利用されていましたが、その後同地区は民間に払い下げられ、現在は佐伯重工業 (株) 佐伯造船所となってます。

このため現在では、元航空隊本部庁舎以外には航空基地であったことを偲ばせるものはほとんど残されていません。 ただ、水上機用のスベリは造船所内にその一部残っているようにも見えます。


    
     現在の衛星写真から、周辺航空基地との関係。 黄色文字は陸上機、緑色は水上機、赤色は両用です。
(元画像: Google Earth より) 
 
古い海自部内資料に掲載されている基地のラフ・スケッチです。   現在の状況地図。 元の航空隊本部地区は海自佐伯基地分遣隊となっています。
      (周辺広域地図表示)
 
1945年版の米軍地図から。   国土地理院の2万5千分の1地図から当該部分。
 
1947年の米軍写真より。 航空基地全体のレイアウトがよく判ります。   衛星写真による現在の状況。 丁度この一帯は高解像度でないのが残念です。
(元画像 : Google Earth より)
 
1948年の米軍写真より。 右端が少し切れいているのが残念ですが、滑走路の形状などがよく判ります。 なお、水上機隊地区の隣接左上は佐伯防備隊本部地区です。   高解像の衛星写真がありませんので、国土地理院による2008年の航空写真より。 航空隊本部のあった海自佐伯基地分遣隊地区以外は当時を忍ばせるものは残されていません。
 
終戦時の旧海軍資料より基地レイアウト図  
   
終戦時の旧海軍史料より本部及び水上機隊地区のレイアウト図。 (上が南西方向)    
   
同じく終戦時の旧海軍史料より飛行場及び掩体地区のレイアウト図。 (上が北西方向)    



(写真収集中)    
     






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最終更新 : 29/Jan/2013