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館山航空基地



館山航空基地は、昭和5年に横須賀鎮守府所属の館山航空隊が置かれたことに始まります。 当初横須賀航空隊から実戦部隊をこの館山に移し、霞ヶ浦 : 教育、横須賀 : 研究開発、館山 : 実戦の態勢となり、かつ館山は陸上機隊及び水上機隊の両方を備える中枢基地となります。 また、一時中攻隊をおいて外戦部隊の一翼を担いましたが、木更津航空基地の完成と共に中攻隊はそちらへ移ったことにより、以後館山航空基地は内戦部隊となり太平洋戦争を戦うことになりました。 その状況の概略は次のとおりです。  

昭和 5年 6月 1日
    同
昭和10年 2月22日
昭和12年 7月11日
昭和18年12月 1日
昭和19年12月15日
    同
    同
昭和20年 5月15日
    同
    同
館山航空隊開隊
横須賀鎮守府所属となる
中攻隊を置く
中攻隊を木更津空に移す
横須賀防備隊所属となる
第九〇三航空隊 (本部 : 館山航空基地) に統合される
横須賀鎮守府付属となる
大湊、八丈島、筑波、父島、浜島、串本、小松島に分派する
大湊鎮守府所属となり、同時に本部も大湊航空基地に移す
館山航空隊 (U) 開隊
横須賀鎮守府所属となる

なお、館山航空隊が再建された当時、館山には特攻関連を含むその他の部隊も置かれていたようですが、終戦までのその詳細は判りません。

終戦後は米軍が進駐しましたが、昭和28年には警備隊館山航空隊が開隊してこの地に置かれ、元の水上隊地区を除き以後現在に至るまで日本最大のヘリコプター基地である海上自衛隊館山航空基地として存続しています。 水上隊地区は民間に払い下げられ、現在では極洋船舶工業 (株) などが使用しているようですが、元の滑りはかなりの部分が残っているようです。


    
     現在の衛星写真から、周辺航空基地との関係。 黄色文字は陸上機、緑色は水上機、赤色は両用です。
(元画像: Google Earth より) 
 
昭和10年当時の旧海軍史料による当時の基地の敷地。 (上が北西方向)   現在の状況地図。
      (周辺広域地図表示)
 
古い海自部内資料に掲載されている基地のラフ・スケッチです。 大型機用のA滑走路は1100x120mとされています。   国土地理院の2万5千分の1地図から当該部分。
 
昭和8年に大型陸上機用滑走路及びその運搬路を舗装した際の基地レイアウト図。   平成8年の航空路図誌より。
 
昭和22年の米軍航空写真。 まだほぼ終戦直後の状態を保っています。 上の昭和8年のレイアウトと比較すると運搬路が拡張されて滑走路となっています。   現在の衛星写真による当該地区の状況。 水上隊地区を除き敷地のほぼ全てを海自の館山航空基地として現在も使用しています。
(出典: Google Earth )



 
正門と本部庁舎 (撮影時期不詳)   隊舎 (撮影時期不詳)
 
昭和17年頃の水上隊地区   同 左






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最終更新 : 01/Feb/2013