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鹿島航空基地



鹿島航空基地は、昭和13年、茨城県稲敷郡安中村 (現在の茨城県稲敷郡美浦村大山) の地に鹿島海軍航空隊が置かれたことに始まります。 その後の状況は次のとおりです。  

昭和13年12月15日
    同
    同
昭和16年10月14日
昭和17年 4月 1日
昭和20年 5月 5日
鹿島海軍航空隊開隊
第十一連合航空隊に編入
練習航空隊に指定され、水上機操縦教育を担当
大津分遣隊及び北浦分遣隊を置く
両分遣隊を廃止 (大津空、北浦空となる)
第十一航空艦隊直率となる

終戦により全敷地約7万5千坪のうち海側の約2万坪を農耕地に解放し、残りは国有地として東京医科歯科大学附属病院霞ヶ浦分院として旧海軍の多くの建物がそのまま使用されてしてきたが、同院は平成9年に廃院となりました。 現在でも基地庁舎の建物はそのまま残っているようですが、未使用のまま放置されているようです。 また、敷地の北側部分は現在では国立環境研究所の 「水環境保全再生研究ステーション」 となっています。

格納庫地区は現在は全て更地になっておりますが、滑りはかなり旧態を維持しているものの現在では既に相当老朽化が進んでいるようです。


   
    現在の衛星写真から、周辺航空基地との関係。 黄色文字は固定翼、緑色は水上機です。 (元画像: Google Earth より) 
 
古い海自部内資料に掲載されている基地のラフ・スケッチです。   現在の状況地図。 敷地の北側は国立環境研究所の 「水環境保全再生研究ステーション」 となっています。
      (周辺広域地図表示)
 
終戦時の旧海軍史料にある基地施設図です。 (上が南方向)   国土地理院の2万5千分の1地図から当該部分。
 
昭和23年の米軍航空写真。 まだほぼ終戦直後の状態を保っています。   現在の衛星写真による当該地区の状況。 南側及び東側の滑りはほぼ昔の状況を保っていますが、かなり老朽化が進んでいます。
(出典: Google Earth )


 
庁舎 (昭和14年頃と推定)   昭和14年11月の鹿島空准士官以上の記念写真






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最終更新 : 20/Mar/2017