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筑波航空基地



筑波航空基地は、昭和9年、茨城県西茨城郡友部 (現在の茨城県笠間市旭町) の地に霞ヶ浦航空隊友部分遣隊が置かれたことに始まります。 その後の状況は次のとおりです。  

昭和 9年 6月22日
昭和13年12月15日
    同
    同
昭和19年 3月15日
昭和20年 4月20日
    同
昭和20年 6月 5日
霞ヶ浦航空隊友部分遣隊を置く
同隊を廃し、筑波航空隊として開隊
第十一連合航空隊に編入
練習航空隊に指定され、陸上機操縦教育を担当
飛行隊 (陸練) を築城航空隊に移し、大分航空隊の航空隊 (艦戦) を移す
練習航空隊の指定を解除
第三航空艦隊に編入、同艦隊直轄となる
第三航空艦隊第七十一航空戦隊に編入

終戦により開拓者が入植し管理地区等を除く全域が農耕地となりました。 管理地区の建物は長い間県立友部病院などが使用しておりましたが、現在ではその南東側に近代的な建物ができ、県立こころの医療センターと名称を変更してそこへ移りました。 したがって現在では使用されていないようですが、まだ現存しています。 その他は旧姓水戸高校の学生寮や新制中学開設準備などに一時使用されていましたが、昭和30年頃までには全て撤去されています。 また、本部庁舎前の元グランド等の区画は、現在国土交通省航空局の友部送信所となっています。

元の敷地のうち農耕地となった大部分のところも現在では再開発による宅地化が進みましたが、本基地の敷地区画の境界は外周の道路によって確認できます。 また、かつての滑走路の位置もまだ道路によって確認できます。


 
昭和27年版の米軍25万分の1地図から、筑波航空基地の周辺との位置関係。   現在の衛星写真から、周辺航空基地との関係。 黄色文字は固定翼、緑色は水上機です。 (元画像: Google Earth より) 
 
古い海自部内資料に掲載されている基地のラフ・スケッチですが、基地の敷地としては下の施設図及び航空写真にあるとおり、もっと南東側に広かったようです。   現在の状況地図。 管理地区を除く一体は建物等が総て撤去され農地となりましたが、最近は宅地化が進んでいます。
      (周辺広域地図表示)
 
終戦時の旧海軍史料にある基地施設図です。 (上が南西方向)   国土地理院の2万5千分の1地図から当該部分。 管理地区と格納庫との間のグランド等があったところは、現在航空局友部送信所となっています。
 
昭和22年の米軍航空写真。 ほぼ終戦直後の状態を保っています。   現在の衛星写真による当該地区の状況。 航空基地の痕跡を残すものは全くありませんが、敷地境界や滑走路位置は道路によって確認できます。
(出典: Google Earth )
 
昭和23年の別の米軍航空写真。 建物及び滑走路などが明瞭に判る写真で、この時点でもほぼ旧態のまま保たれているようです。   上の写真の管理地区の拡大。 中央の旧本部庁舎などは未だ存在しておりますが、現在は使われていないようです。 その南東にある近代的建物は 「県立こころの医療センター」 (旧県立友部病院) です。 (出典: Google Earth )
   
終戦時の旧海軍史料による管理地区の施設配置図です。 (上が南方向)    



 
大戦中の旧海軍写真より、指揮所上からエプロン方向を望む。   同左、指揮所。






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最終更新 : 16/Jul/2012