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海上自衛隊の射撃指揮法と射撃要務



前回お話しした海上自衛隊における砲術・艦砲射撃に関する3つの 「教範」 に続いて、ブログでも触れました 「射撃指揮法」 と 「射撃要務」 についてお話しすると共に、いくつかをPDFファイルにしてご紹介します。




ご紹介するODFファイルはディジタル化したままでまだ整形やゴミ取りをしていない ‘暫定版’ ですが、これらについては海上自衛隊、と言うよりは海上幕僚監部からは、一切説明されたことも公開されたものもなく、本サイトが初めてのことと思います。

ただし残念ながら、ご存じのとおりのネット事情により印刷及び加工については不可の設定としております。 全文をそもまま公開するのは “歴史保存”についての本来海上幕僚監部の責任でであり国民に対する義務すので、私がそれを肩代わりするつもりはありません。 もし研究者の方で印刷可能バージョンなどのご希望がございましたら掲示板又はメールなどでお聞かせ下されば考慮いたします。

勿論、公開いたしますファイルは、このままの形でしたら再配布などはご自由になされて結構です。



射撃指揮法
     射撃要務 ← UPDATE



 『射撃指揮法』


まずは 「射撃指揮法」 についてです。


砲術・艦砲射撃についてお話をするときに、この 「射撃指揮法」 というのはよく耳にされると思います。

では、旧海軍においても現在の海上自衛隊においても 「射撃指揮法」 という独立した一つの教範類などがあるのか、というと、これはありません。

何故かというと、砲戦・艦砲射撃というのは、その艦、艦型によってハードウェアが異なることはもちろんですが、ソフトウェアたる砲戦指揮官の艦長、そして射撃指揮官である砲術長の技量・経験などは様々ですし、ましてやこれを補佐する射撃関係員の技量・経験はそれこそ様々で、当然ながら艦における1つのチームとしてのレベルはその時その時で異なります。

したがって、艦長や砲術長はその時の状況に応じた艦の 「準則」 や 「戦策」 を作り、現状においてどの様な砲戦、射撃を行うのかを定めてこれの周知徹底を図り、かつそれに基づく教育訓練を実施していくかなければなりません。 そしてこれは人が交代したり、教育・訓練などの成果により射撃チームとしての状況や練度が変わってくると、それに応じて書き直していくことになります。

つまり射撃指揮法について海軍全体に共通する “これだ” という一つのものがあるわけではないのです。

とは言っても、砲術学校の高等科や専修科学生などのような、これから射撃指揮官への道を進もうかという者に対して何も教えないという訳にはいきませんので、その射撃指揮法のあり方や考慮すべき事項などの一般的な基礎を教えることが必要になってきます。


これもあって、旧海軍では射撃理論、弾道学や誤差学、射法などを纏めた 「射撃学」 あるいは 「射撃学理」 の中の1項目として、この射撃指揮法の基礎的な概要を教えることとしていました。 例えば、砲術の大家の一人であり 「武蔵」 艦長として戦死された 猪口敏平中将が、若かりし頃の砲術学校の専攻科学生の時の課題研究成果を 『射撃学』 全4編として纏め、その中の一つに 『第二編 射撃指揮法』 がありました。




これはその後海軍砲術学校の採用するところとなり、順次改訂が加えられつつ同校の 高等科学生用の 『射撃学理参考書』 の中で教えられていくこととなりました。





この 「射撃指揮法」 の考え方は基本的に戦後の警備隊・海上自衛隊になっても同じ ですが、私の手許にあるのは 昭和44年に第1術科学校砲術科が作成した 『射撃指揮法 (幹部学生用)』 が最も古いものであり、それ以前のものについては判りません。


「射撃指揮法」 (昭和44年) (暫定版)
 10.9Mバイト


そして、私達が中級射撃課程学生で習ったときのSG (スタディ・ガイド) は 昭和56年の 『射撃指揮法』 です。


「射撃指揮法」 (昭和56年) (暫定版)
 2.0Mバイト


この2つのSGは、先にご紹介した海上自衛隊の 『艦砲射撃教範』 『艦砲操法教範』 や 『砲戦教範』 などに基づき、艦艇の砲雷長や砲術長に就いた時にどのような射撃指揮をすれば良いのか、そしてそのための射撃関係員の教育訓練をどのように行っていけば良いのかなどの基礎を簡潔に説明するものでした。 ( もちろんSGはいわゆる教科書ではなく、講義を聞きながらこれに自分で色々と書き込んでいく類のものです。)

ここで公開します昭和44年と56年の射撃指揮法SGの2つの内容を比較して頂ければ、先にご説明した当時の海上自衛隊における 「砲戦教範」 などの改正点などもご理解頂けると思います。


1術科の幹部学生に対する古い講義用のSGをディジタル化したまま整形・ゴミ取りをしていないままPDFファイルにしたもので、当然ながら当時においても秘密文書ではありませんが、射撃指揮法についてはこれまで海上自衛隊自身からは一般に公開されたことは無く (そして今後もあり得るとは考えられません)、ネットを含め初めてのことであると自負しております。 海上自衛隊の砲術・射撃に興味がある研究家の方々には存分にお楽しみ頂ければと存じます。


その後の現在に至るまで、第1術科学校などにおいてこの射撃指揮法についてどの様に教えているのか、特に幹部用兵課程が出来てからのことは不詳ですし、また私がそれをお話しする立場にはありませんので “知りません”


それにしても、この昭和44年と56年のSGもまだ残されているのかどうか ・・・・ ?


旧海軍の射撃指揮法については 「砲術講堂」 コーナーの 「旧海軍の砲術」 中の項においてお話ししていくつもりにしておりますのでこれをご参照ください。





 『射撃要務』


続いて 「射撃要務」 についてです。 射撃要務と良いますのは、射撃を計画・実施する上での事務的な事項を包括的に 言います。


旧海軍においてはこの射撃要務全体を1つの事として取扱ったり教えたりすることはありませんでした。 例えば、弾火薬の管理や取扱いに関する様々な規則類は弾火薬についての項目の中に含めておりました。

ただし、砲術学校の普通科測的術練習生課程 は、練習生が艦の砲術科に配属された時に射撃全般についてどの様な事があり、測的に関する配置でどの様な事について上級者の手伝いをしていけば良いのかの基礎的事項を教えるためのものとして 「砲術要務」 と言うのがありました。


戦後の警備隊・海上自衛隊では、全てをまずは米海軍に範をとることとしたため、砲術に限らず全てについて通常の業務は米海軍流の “書類による処理” が重要になってきました。 そして、防衛庁・海上自衛隊という行政組織、即ちお役所になりますとこれに拍車をかける如く、ありとあらゆることが規則類として次々に定められてくることになります。

このため、この事務的なことを分かりやすく整理することを狙いとして、昭和36年に 『艦砲射撃要務教範草案』 を作り、関係部隊からの意見・所見を得て制式化しようとし、2次案まで作成されました。




その 目的とするところは 「艦砲射撃教範、艦砲操法教範及び艦砲訓練教範に示された事項以外の射撃に関する艦上諸要務を効果的に処理するために必要な原則を示す」 ものとされています。

しかしながら、2次案まで行ったところで立ち消えてしまいました。 おそらく、規則類が次から次へと増えてくる状況に鑑み、「教範」 とすることは相応しく無く、かつあまり意味が無いと判断されたためと考えられます。


その後の経緯については不詳ですが、昭和57〜60年頃には第1術科学校の各種課程において 「射撃要務」 として教えられていました。

この頃のSGは 「射撃要務」 本紙と 「射撃関係規則類」 及びその別冊の3つからなっていました。


「射撃要務」 (昭和56年) (暫定版)
 10.3Mバイト


「射撃関係規則類」 (暫定版)
 73.7Mバイト

ご覧のとおりこの 「射撃関係規則類」 のSGは大変に見難いものですので、当該規則類を古い 『海上自衛隊法規類集』 全6巻の中から一つ一つ拾い出して作り直した方が遥かに綺麗なものになりますが、とてもそこまでの手間暇をかけるだけの余裕がありませんので、あくまでも “この様なものが学生に配布された” というご参考までに。

因みに、このSG目次の冒頭にある 「海上自衛隊の使用する船舶に備える書類に関する訓令」 を 『海上自衛隊法規類集』 からその見開き1ページを抜き出したものは次の様なものです。





「射撃関係規則類別冊」 (暫定版)
 2.1Mバイト



「砲術要務」 の目的とするところは 「砲術科の任務を完全円滑に遂行するために必要な諸業務の処理をいい、主として教育訓練以外の様々な要務をいう」 ものとされていました。 実際にはこの要務を含む射撃全般についてどの様に教育訓練するかは切り離せないところであり、そのための規則類に基づくことも細かく定められています。

要するにこの教育訓練も含めた射撃全般についての事務的な手続き、書類作成などのことが全て含まれることになります。

ところが、この時のSG (スタディ・ガイド) ではその全体を網羅しきれていませんで、既に関係規則類は大変に数が多く、かつ複雑に絡み合っておりましたので、私は幹部中級学生の時にその関係規則類に漏れがないようにと調べて、各項目別に区分した一覧表に纏めてみました。 例えば教育訓練関係全体の規則類について、一覧表を更に体系図として作ったものをご紹介すれば次のようなものです。




画像が小さいために細部がお判り難いかと思いますが、大変に複雑なものであったことはご理解いただけると思います。

これらの一覧表及び体系図の一式はクラスメート達からも “俺にもコピーを” と大変に好評でした。 お役所たる海上自衛隊の、射撃の現場にいる者達にとっては、実務以外の問題としてそれほど面倒なものであったということです。


現在ではどのように教えているのかは存じませんが (私が申し上げる立場にありませんが)、少なくとも規則類の数が減るとは考えられませんし、ましてや艦砲とミサイルとの両方を扱わなければならなくなりましたので、今の若い人達は大変だろうな〜、っと。


いずれにしても、この昭和57〜60年頃のSGはもちろんとして、昭和36年の 『艦砲射撃要務教範草案』 などはまだどこかに残されているのかどうか ・・・・ ?


旧海軍におけるの艦砲射撃関係の規則類の変遷などについては 「砲術講堂」 コーナーの 「旧海軍の砲術」 中の 「砲術関係教範・規則類の沿革一覧」 の項において既にその概略をご説明しておりますのでこれをご参照ください。







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 最終更新 : 26/May/2024